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設計:浅井 アーカイブ

2011年10月07日

cafe gallery CONVERSION

皆さんこんにちは。

設計担当の浅井です。

お客様とのお打ち合わせの中で、「カフェ○○みたいな雰囲気がスキ」とか、「×××(インテリアショップ)の照明がかわいかった!」

というお話しをいただく事があります。

このようなお話しがいただけると、お客様の頭の中にある理想のイメージが設計者・インテリアコーディネーターに伝わりやすいのでとてもよろしいかとおもいます…

で!打合せの際、しばしば名前が挙がるカフェを草加と北千住にあるカフェギャラリーコンバージョンさんを 写真付きでレポートしちゃいますよ。

こちらは草加のお店。 草加市役所の南側、商店街(旧日光街道?)にあります。

バス停風の置き看板が目印です。

 

古い商店を改装した手作り感あふれる外観です。

内観インテリアも良い意味で「ヘタうま」感(?)があふれ、個性的です。

キレイすぎず適度にゴチャとしたナチュラルなインテリアは、月並みな言い方ではありますが「隠れ家的」な雰囲気。

ひょうたん(!)を使用したランプシェード。

私のお客様にも「あの照明がつけたい!」とお問い合わせをいただくことがあります。

残念ながら、この「ひょうたん照明(?)」は同型のタイプは現在絶版品です。

ちなみに益子のCOSMIC PLANT LAMPSさんの商品です。 

ランチも美味しかったですよ!

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こちらは北千住のお店(2011年春にオープン)

旧日光街道から少し入った路地にあります。

こちらも草加のお店彷彿させるですが、ベースが民家のようなので、草加のお店ほど大きくありません。。

下町の路地にあることも相まってもはや、「隠れ家」です(笑)。

わかりづらいのですが、写真の女性が立っている所にある戸が入り口がです。

インテリアもイー感じにキレイすぎない「ヘタうま」感がでています。

ベースとなった改装前の民家の「年月を重ねたアジ」を残しながら、うまくカフェのデザインに取り込んでいます。

こちらはぶ~ちゃん(フレンチブル)。 老体なのでいつもうとうとしていますが、お客さんが来ると立ち上がって様子をうかがう義理堅い看板犬です。

北千住のお店はランチはやってませが、ボリュームたっぷりのホットケーキがありますよ。

とうわけで、皆さんの好きなカフェや雑貨屋さん、あるいはリゾートホテルなどなどを 是非、設計者やインテリアコーディネーターに教えてください。

皆さんの理想の家造りのに必ず役に立つはずです!!


cafe gallery CONVERSION

草加市高砂1-10-3

□cafe CONVERSION千住2丁目店

足立区千住2-31

URLhttp://www.cafegalleryconversion.com/index.html

2012年01月17日

日帰り!!~関東近隣名建築めぐり~ その1

皆様、今年もよろしくお願いいたします。

設計の浅井でございます。

 

今回は2012年の門出を祝して(?)新シリーズを立ち上げちゃいます!

題して!

 

日帰り!!~関東近隣名建築めぐり~

 

日帰りで訪問できる関東近隣の名建築を紹介していきます。

このBlogをお読みの皆様は、現在 住宅新築計画中の方や、弊社にて新築なさってくださった方も多いかと思います。そんな皆様に住宅計画の参考になりそうな名建築を「住宅」をメインにご紹介いたします。

 

第1回目は奥日光、中禅寺湖半という絶好のロケーションに建つ、「イタリア大使別荘」をご紹介。

 

この建物は昭和3年当時のイタリア大使の別荘として建てられました。歴代のイタリア大使が夏の休暇をすごしましたが、近年、栃木県に寄贈され、平成9年の改修工事の末、別荘を含む付近一帯を県営イタリア大使別荘記念公園として一般公開されました。

現在は誰でも無料で見学できるようになっています。

 

設計はチェコ出身のアントニン・レーモンド。レーモンドはアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトの弟子で、ライトによる帝国ホテル建設の際 来日し後日本にとどまり、その後の日本の建築界に大きな影響を与えたました。

 

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中禅寺湖を望む絶好のロケーションに建っています。

当時の大使はこの建物を「仮設的」な山小屋にすることを望み、あまり豪華なものは希望しませんでした。実際、「10年持てばいい」というようなオーダーだったそうです。

が幸運にも、その望みは叶わず84年たったいまでも当時の面影をそのままに現存しています。

 

そのようなオーダーを受けレーモンドはあまりお金をかけず、主な材料は現場で調達出来るよう、計画したそうです。その一つ、外装に使用される仕上げ材は地場の山で取れる「杉の木の皮」を使用しています。

しかし、繊細に計画され設計によりパッチワークのように張られた杉の皮は質素ではありますが、上品な印象を与えます。

(平成9年改修の際は、「地場での資材調達」は逆にコスト増となるため断念したそうです)

 

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このように室内からは中禅寺湖を望むことが出来ます。

室内のテイストも和のテイストをレーモンド風にアレンジした折衷様(せっちゅうよう)になっていますが繊細に計画されたデザインにより、とても可憐で上品な印象を与えます。

 

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内部の仕上げにも杉の皮が多用されています。

デザインはモダンですが、和の設(しつら)えも垣間見ることが出来ます。

 

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中禅寺湖を望む「縁側」的空間。

ここでは、イタリア大使別荘だった頃に大使の使用人として働いていた方(気のいいおじさん)が当時のお話を聞かせてくれます。

大使はとその家族は夏の休暇のたびにここを訪れ、水遊びやボート遊びをして過ごしたそうです。

 

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大きなリビング。

奥には暖炉も見えます。

西洋と日本の文化がうまく融合しています。

 

純粋な住宅ではなく別荘なので、毎日の生活をする空間としては少々難しい部分もありますが、住宅つくりのヒントは各所にあるかとおもいます。

冬場はちょっと厳しいロケーションですが、春になったら行楽のついでに立ち寄ってみても面白いと思います。

 

周辺には華厳の滝や、湯の湖温泉、戦場ヶ原(ニッコウキスゲの群生地)など見所も多くご家族連れや、カップルのデートにも最適です。

みなさん、お出かけになってみてはいかがでしょうか?

 

詳しい情報は下記のリンク先をご覧ください。

 

イタリア大使別荘記念公園(栃木物産ガイド内紹介ページ)

https://www.tochigiji.or.jp/spot/1117/

2012年09月17日

家具のお話~ソファー編~

みなさんこんにちは。

設計の浅井です。

 

今日は家具のお話をしようかと思います。

 

 

このBlogをお読みのみなさんは、新築住宅を現在計画中もしくは現在建築中の方も多いと思います。

 

住宅本体のデザインとカーテンなどのインテリアのテイストが決まったら次に考えなければいけないのは・・・。

 

そうです!家具です!

 

家具一口に言ってもいろんなものがありますよね?

 

本棚やクローゼットなどの収納家具・ダイニングやスタディーコーナーのテーブルやデスク・そしてそれらに付随する椅子等など。

 

また、それらのスタイルもミッドセンチュリーもの、デザイナーもの、アジアンテイストもの、家具職人の手作り一品ものなど様々。

 

それらすべてをBlogで解説するのはとても時間がかかりますので、各カテゴリーごとに気になった一品を紹介していこうかと思います。

 

 

今回お話しようと思うのはソファーです。

 

ソファーといえば家族団らんの中心となるリビング家具のまさに主役。

ゆっくりお茶を飲みたいとき、ちょっとリラックスしてお子さんとウトウトしちゃったしり、はたまたリビングホームシアターの特等席として等など。

 

現代の日本のリビングのほとんどにソファーが在るわけです。

 

 

で、そんなソファーのなかで今回私が気になったのは「チュスターフィールド・ソファ」です。

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チェスターフィールド・ソファー~2シーター(2人掛)タイプ

 

チェスターフィールド・ソファーとはイギリスが発祥のソファーのスタイルです。

 

「チェスターフィールド」の名前の由来は、諸説あり、チェスターフィールド・コート(礼服にも使われる紳士のコート)を作ったチェスターフィールド伯爵が創ったからとか、地名が由来とか言われていますが定かではありません。

 

ですが、本革張りにボタン留めというスタイルは18世紀末から19世紀初頭には確立していたようです。

 

ソファーの中でも正統派というか由緒正しいというかそんなイメージのソファーです。

 

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チェスターフィールド・ソファー~シングル(1人掛け)タイプ

 

 

「でも、そんなカシコまったソファーは合わせ辛いんじゃ?」

 て思っちゃいますよね?

 

でも、そうでもないんです。

 

一見ブリブリのお城みたいなメルヘンなインテリアじゃないと合わない?かと思っちゃいますが、実はシンプルモダンやナチュラルモダンなどストイックな内装のアクセントとして一脚入れるとシンプルなだけでなく「大人おしゃれ?」というかシックで落ち着いて、でもそれだけじゃない上質なインテリアを演出できるかとおもいます。

 

また、本皮ソファーは新品で買って使い込んでいくうちに、うまく経年変化という「味」が加わっていけば、「価値」が発生します。

 

事実、アンティークショップなどにおいている中古のチェスターフィールド・ソファーは新品のものよりも高い値で取引されることが多いです。

 

住宅の仕上げである無垢フローリングなどにも言える話ですが、上質な素材は使い込むとさらに魅力が出ることが少なくありません。

 

 

また、歴史的にに魅力が実証されているデザインは、消費され時代遅れになる可能性も低いので安心して住まい手、使い手の人生のパートナーとなってくれると思います。

 

お好みもありますが、こういう「王道」ソファーも新築住宅のメンバーの選択肢に入れてもいいかもしれません。

 

 

今回の取材協力は神奈川の葉山に英国ディスティンクティブチェスターフィールド社代理店・ディスティンクティブチェスターフィールドジャパンさん。

 

弊社取引店さんではありませんが快くお話をしてくださいました。

 

葉山のショップには家具が大好きな河野さんがおり、対応してくれます。気になった方は是非たずねてみて下さい。

 

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チェスターフィールドソファーはありませんが越谷の弊社シュールーム「すまいのコンシェルジュ」にはソファーをはじめ多くの家具を取り扱っています。

 

家具のご相談はこちらでもお受けしています。お気軽にお訪ねください。

2013年06月20日

3階建大型ガレージの2世帯住宅 オープンハウス(松戸市) ブログ連動企画 Part.3

前々回の渡木から3回に渡って、6/22・23オープンハウスに合わせ、担当営業・設計デザイナーが建物 についての想いを語っていきます! 自慢の建物について熱く語ります! 多少、想いが募りすぎて、暴走気味に言葉を連ねていくかもしれませんが、それだけ想いが強いということで、ご容赦くだ さい(笑)

ちなみに、3回は、営業ブログ・設計ブログを横断してどちらにも書き込みます。

ハスカーサのトップページのトピックスからにも今回のオープンハウスの情報はありますが、今回のオープ ンハウスのポイントはなんと言っても2台の車をゆったりと停めることができる大型ビルトインガレージです。 通常ならわずらわしいところに構造上必要な壁ができてしまうのですが、今回は検討を重ね、その壁を設けずに、木造3階建て、かつ、耐震等級3を確保できま した。

また、外観はハスカーサのLecheオリジナルデザインの角を丸く仕上げた漆喰の白い壁に、エッジの効いた深緑の壁の組み合わせ。
アプローチの中心には、空の移ろいを楽しめる中庭を設けています。外から見ただけでは奥の雰囲気を味わえません。

更に、こんなにスッキリとした外観ながら、2世帯住宅になっています。

他にも、2階のリビングに入ると大きな吹き抜け、その中心にある橋がかかるライブラリースペース。アンティーク調の無垢フロアーや漆喰の塗り壁、造作洗面台やオリジナルデザインのスチール階段など、ここでは語りつくせないほどの魅力が満載です。

では第3回の最後は、設計浅井からです。


~AnswerSong~
HaScasa注文住宅の設計段階において設計担当者の参画の仕方には二通りのパターンがあります。
基本設計担当と詳細設計担当のチームを組む場合と
基本設計から詳細設計まで一人の設計担当で進める場合です。

今回ご紹介するT様邸は前者のパターンです。
契約前から間取りの確定までの基本設計を小杉、間取り決定以降の詳細設計を私、浅井が担当しました。

T様邸計画に私が合流する際の事前打ち合わせの際、小杉より伝えられたのは、T様邸が
「小杉版HaScasa新越谷展示場・レチェミコノス
であるということ。

「レチェミコノス」は、私が基本設計から詳細設計までを担当したHaScasaのHigh-End modelの展示場で、都市型狭小敷地における一つの解としての内外に開かれた「ナカニワ」を持つ、どこか懐かしく新しいモデルハウスです。

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小杉は何故かこの「レチェミコノス」を設計者本人(=浅井)よりも、愛でてくれており彼なりの解釈をしたOutputが、このT様邸とのこと。

いわば、設計者から設計者への「AnswerSong」です。
(注:小杉も浅井も既婚男性です。念のため)

と、ここまで聞いただけでもう、疼いちゃうんですね、設計者の本能が。直感的に。
「(おもしろそー!!:心の声)」
施主であるT様は基本設計の趣旨をよく理解されていて、「GO!」を出してくださっている。というか、「さらに面白い提案を!」とノリノリ。
そして、よく練られそのコンセプトが表現された基本設計。

例えるなら最高の食材と行き届いた調理場・器具を与えられた料理人さんの心境です。
「オラ、ワクワクすっぞ!(某サイヤ人)」です。
同時に「最高の食材を使ったのなら、おいしい料理ができるに違いない」という
プレッシャーを感じないこともないですが、ワクワクが止まりせん。
お客様に喜んでいただける設計ができている時、それ以上に設計者も楽しんでいるのです。

というわけで臨んだT様邸の詳細設計。
すべてをここに書くことはできませんが、基本設計イメージを現実のものとするため、
そしてよりよいものとするため多くのエピソードがありました。
施主のT様には長期間に及んだ設計打合せに快くお付き合いいただき、喜んでいただいたり、時には技術的・物理的に叶わないことにご理解をいただいたりもしました。

また、たくさんの人々のサポートをいただきました。
担当営業の渡木、HaScasa設計内のスタッフたちやインテリアコーディネーター、現場においては担当監督と各工程の職人さん方。
この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。
ありがとうございました。

そして、我々にこの機会を与えてくださった施主のT様。
ありがとうございました。

ともあれ、与えられた最高の食材は無事、おいしい料理になりました。

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あとは、T様に召し上がっていただく….前に!

T様のご厚意により、オープンハウスでこのBlogを読んで下っている皆さんにも
楽しんでいただけることになりました。

詳しくは下記をご覧ください




オープンハウスの情報は→トピックス←こちらをクリック!

オープンハウスの予約・お問い合わせは→お問い合わせフォーム←こちらをクリック!

ハスカーサのホームページ→HPトップ←こちらをクリック

2014年07月26日

建築士のナナツドウグ

設計の浅井です。

みなさんお元気ですか?

 

今回は我々建築士が使っているナナツドウグのうちの一つであり、設計用の道具のなかでも、皆さんの生活でも役立つ道具である

「メジャー(英:measure)」

を紹介したいと思います。

 

 

基本的に道具好きの私ですが、私に限らず建築士は大体メジャーが大好きです。

人によっては「コンベックス(英Convex)」とか「ルール(英:Rule)」とか呼んだりします。(語源についてはWikipediaなどで調べてくださいね)

 

建築士がお目にかかったお客様はメジゃーを片手に机の奥行や窓の高さを表現している我々の姿をご覧になっていると思います。

仕事のみならず大体の建築士はいつも懐にメジゃーを忍ばせています。

生き別れた親もらったに肩身のように。

そして気になるものがあったら、カフェのテーブルの高さから昇りやすい階段の高さなどあたりかまわずいろんなを測っています。

 

 

というわけで、設計・浅井愛用のメジゃーをご紹介いたします。

 

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①米国スタンレー社が1970年代にフランスで生産していた「mobo nivometre」です。

もう生産していませんが現在でもデットストックのものが流通しています。大柄でがっしりした作りです。重いので普段は事務所のデスクで使っています。

水平器やコンパスも仕込まれていて意外と多機能です。

 

 

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②独逸SKSデザイン社のblomus(ブロムス)ステンレスメジャーです。

SKSデザイン社はステンレス製品を得意としていてキッチンウェアから建築金物までいろんなものを製作しています。

シンプルでモダンなデザインなのでOn/Off問わず持ち歩いています。

 

 

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③駿河意匠というデザイン事務所が企画販売していた木製ケーシングのメジャーです。

学生時代に購入しましたが、現在は生産終了しています。線が細いので曲がりやすく比較的小さなモノを測るのに適しています。

 

 

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④原度器さんという日本のメーカーのメジャーです。

5.5mまで測れるので打ち合わせか現場まで重宝しています。現在最もヘビーローテーションで使用しているメジャーです。

マグネシウム製のケーシングはテープ(中身)の長さの割に小さく軽いです。

 

 

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⑤ヤマヨ測定機さんという日本のメーカーのメジャーです。(写真奥)

子供のころから、実家にあったものを学生時代に頂いてきました。

後年わかるのですがどうやら①(写真手前)のメジャーを意識してデザインされたようですね。

実は数年前に紛失していたと思ったら、HaScasaレチェミコノス展示場(新越谷)のお道具箱から発掘されるというミラクルを起こしたメジャーです。

 

 

ということで、最近は100円ショップなどでも扱っているメジャーですが安価なものはテープ(メモリの振られた本体)が折れやすかったりと使いにくかった入りするので、ホームセンターなどでしっかりしたものを購入されることをオススメします。

さらにちょっと興味がわいちゃった方はちょっと大きめの文具店や東急ハンズなど大手雑貨店などで探されると面白いものが手に入るかもしれません。

 

変わったメジゃーをお持ちの方はぜひ私に拝見させてくださいね!

 

 


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2014年11月30日

おうちでカフェ

こんにちは。HaScasa設計の浅井です。

 

今回はちょっとコーヒーブレイクです。

 

というか、コーヒーのお話。

 

 

 

 

休日など時間に余裕があるときは、少し手間をかけてコーヒーを入れています。

 

皆さん、ご自宅でコーヒーを飲むときはどうされてますか?

 

 

 

私はお店で紙のフィルター用に挽いてもらった豆で

 

P社のコーヒーメーカーを使って煎れていました。

 

 

 

決して高級なコーヒーメーカーではありませんでしたが

 

そこそこおいしいコーヒーを煎れられたので不満はありませんでした。

 

3年前のあの震災までは。

 

 

 

震災の際、キャビネットから落下したP社のコーヒーメーカーは

 

不運にも我が家唯一の震災被害となりました。

 

 

 

その後、買い換えたB社のコーヒーメーカーを使いだしたのですが、

 

なんかおいしくない。

 

コーヒーメーカーが変わるとコーヒーの味がこんなに変わってしまうのか?ってぐらいおいしくない。

 

買い換えたコーヒーメーカーはいまいち我が家には受け入れられませんでした。

 

 

 

その時から、「自宅で(そこそこ)おいしいコーヒーを飲むための旅」が始まりました。

 

 

 

いろいろ試した3年後の現在、やっぱり手間をかけるとおいしくなるんだなぁ、という当たり前といえば当たり前のゴールが見えてきております。

 

 

 

つまり

 

1.煎れる前にミルで豆を挽き、

 

2.フィルターの状態を確認できる透明のドリッパーで

 

3.ドリップする前に少量のお湯でまんべんなく豆を蒸らし

 

4.先の細くなった専用ポットでじっくりお湯を注ぎ

 

5.ドリップしきる前にフィルターを外す」

 

ですね。

 

 

もちろんこの先には

 

0.豆を自分で焙煎する。

 

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おいしいコーヒーを煎れる詳しい方法については検索サイトなどでお調べいただくか

 

「旅するカフェ」開催中のHaScasaの各展示場にておたずねください!

 

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2015年02月06日

【設計相談会でわかる】新越谷展示場に咲く“一輪のバラ”の秘密・・・

皆さんこんにちは。設計の浅井です。

 

立春を過ぎましたがまだまだ寒く日が続きますが、皆さんお元気ですか?

 

 

 

寒くはありますが、晴れた冬の日は空気が澄んで空の色がきれいです。

 

 

 

そんな日は、ハスカーサ新越谷展示場『Leche Mykonos(レチェミコノス)』の屋上庭園へいらしてください。

 

澄んだ空のブルーに漆喰の白のコントラストがとても美しいですよ!

 

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エーゲ海のミコノス島の集落をテーマに設計した『Leche Mykonos(レチェミコノス)』の屋上庭園には、実はもう一つイメー ジソースがあるんです。

 

 

 

ずばり「クラリスの庭」です...

 

 

 

って訳わからないですよね???

 

 

 

クラリスとは、宮崎駿監督の初の長編作品である映画「カリオストロの 城」の「あの」クラリスです。

 

 

作中で描かれた主を失い少しずつ自然に帰ろうとしている大公殿下の館(クラリスの実家)のあの美しくて、ちょっともの悲しいなの雰囲気を再現してみました。

 

 

 

うまく表現できているかは実際の展示場でお確かめください。

 

 

 

その屋上庭園には一輪のバラがひっそりとたたずんでいます

 

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このバラにも、実は隠されたテーマがあるのですが...

 

 

 

こちらは来る2月14日のバレンタインデーに、ハスカーサのシュールームにて開催される「設計相談会」にいらして私にお尋ねください!

 

 

→→→設計相談会の詳細はこちらから←←←

 

 

皆様のお越しを心からお待ちしています。

 

 


 

【予約制】一級建築士と話せる住宅設計相談会

 

毎回大好評を頂いております「設計相談会」を、2015/2/14に開催致します!

 

住宅設計のポイントをお伝えしながら、お客様の本当にこだわりたいポイントを導き出し、それを実現させるためのデザインやアイディアをご提供します。

 

 

詳しくは、下の画像をクリックしてみてください♪

 

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社員一同、心よりお待ちしております♪

 


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2016年06月20日

イスを選ぶ。

みなさん、こんにちは。
 
HaScasaの設計担当、浅井です。

先日、学生時代の友人氏が設計した店舗を完成直前で見学する機会がありました。
 
 
什器がまだ入っていなかったので、イスやテーブルはどうするのかと聞いてみると非常に悩んでいるとのこと。
 
 
氏曰く
 
「クライアントにアドヴァイスを求められ選んだイスが、実は有名デザイナーのイスをパクったモノだったり、さらにそのオリジナル品とそんなに変わらない金額だったりしたらと思うと気後れする」
 
のことでした。
 
 
氏の家具に関する知識は設計者として博学な方だと思いますが「あるなぁ~」と思いました。
 
所謂「建築士あるある」です。
 
 
 
かつてハンス・J・ウェグナーというデンマークの家具デザイナーがおりました。
 
彼は主に木を使ったイスのデザインを得意とし、生涯(1914~2007)の中で500種類以上のイスを世に送り出したそうです。
 
これは逆説的に「木を使ってイスをデザインすると何を作ってもだいたいウェグナーのイスに似てしまう。」
 
ということを示しているとも言えるのです。
 
ちなみに木以外のイスについても、巨匠たち歴々が様々なアプローチを展開し、だいたい20世紀中盤(バウハウスぐらいまで)で、発明ともいえるような斬新なデザインはほぼ出そろってしまいました。
 
 
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20世紀中盤から現在において、イスをデザインする人(や、それを紹介する人)にとって、自分がデザインしている(紹介している)イスは過去の作品のパクりでないか?を意識しなくてはならなくなっています。
 
 
「そんなこと気にせず気に入ったものを選べばいいじゃない」って話ですが、そこはね、アドバイスを求められたのであれば、知らないで、でなく知ったうえで選ばなきゃ、なのです。
 
 
というプレッシャーはあるものの、やはり私はイスが好きです。
 
座るのも見るのも選ぶのも好きです。
 
自分の設計したこの空間に合いそうなのは、あのイスなんてのを想像するだけでワクワクするわけです。
 
 
私が設計した HaScasa浦和展示場 「LecheMetis」のイスも私がョイスいたしました。
 
それぞれに思い入れのあるイスたちですが今回はその中から2脚をご紹介いたしましょう。
 
 
・GE290 イージーチェア 1953年 ハンス・J・ウェグナー
  
 
 
前述のデンマーク人デザイナー、ウェグナーによる安楽イス(ソファ-)で、500を超える作品の中でもトップ5に入る名作。(だと思います)
 
 
座面を支える構造がそのまま後ろに伸びて後脚になるという美しいフレームを持ち、部屋の真ん中において、後ろ姿も眺めたいイスといわれています。
 
 
ウェグナー自身もこのイスに前後して似たようなコンセプトのイス(CH-27、CH-25など)をデザインしていますが、後年このイスを手本として世界中のメーカー・デザイナーが似たようなソファを作りました。
 
 
つい先日も北欧系インテリショップで非常によく似たイスが売っているのを見かけました。
 
GE290そのものかと思いましたが、背面フレームの組み方が違っていたので類似デザインの別物だと気づきました。
  
 
 
・JH-550 “ピーコックチェア” 1947年 ハンス・J・ウェグナー
  
 
 
GE290と同様にウェグナーによるものです。
 
17世紀末頃のイギリスを起源とするウィンザーチェアのリデザインといわれ、大きく張り出した背もたれが羽を広げたクジャクように見えることから「ピーコックチェア」と呼ばれています。
 
紙の紐を張り巡らせて作られた座面のクッション性もよく、包み込むような背もたれも相まって見た目を裏切る(?)座り心地のよさです。
 
 
ちなみにウィンザーチェアは近代以降のイスのデザインに影響を与えたイスなのですが、そのお話はまたあらためてご紹介します。


 
今回のBlogで紹介した2脚は HaScasa浦和展示場
 
「LecheMetis」つでも座っていただけます。
 
 
そしてこれらのイスは LecheMetis の空間を楽しんでいただけるビュースポットに配置してあります。
 
 
それぞれの椅子が何処にあるのか?
座るとどんな風に空間が楽しめるのか?
は実際に展示場に来ていただいて確かめてみてくださいね。
 
 
 
LecheMetis のその他のイスについては改めて紹介していきます!
 
 
 
 
 
出典:「ハンス・ウェグナーの椅子100」織田 憲嗣 著 平凡社
「建築家の椅子111脚」SD編集部 著 鹿島出版社
 
 

 

2016年08月18日

いす de café

こんにちは。ハスカーサ設計の浅井です。

前回に引き続きイスのお話。


街角のカフェなどでよく見かけるイス、所謂「カフェイス」についてです。
 
 
 
カフェなどで使われるイスの特徴は…



レストランで使われるような華美なものではなくカジュアルで、
 
人の出入りがある店舗であるがゆえ、持ち運びに優れて軽く、
 
時に長時間くつろぐ客のために座り心地がよく、

ヘビーユースに耐えうる高い耐久性を備えたもの。

 
でなければなりません。


これらの条件は、住宅のダイニングで使うイスとしても適しているともいえ、最近は「おうちカフェ」的なインテリアも話題となっておりますが、機能的にもカフェで使われるイスは家庭のダイニング用としても相性が良いのです。

 
 
というわけで、今回はカフェで使われることの多いイスに中でもメジャーなものをいくつかご紹介いたしますね。



No.14;トーネット社(独) 1859年



おそらく、世界中のカフェで一番使われているイスはこれではないかと思います。


19世紀中頃、ドイツのトーネット社で開発されたイスで、トーネットらしい「曲げ木」で作られたイスです。


この「曲げ木でイスを作る」という技術は、それまでは職人さんが手作りで作っていたイスを、工場で、安定した品質で、大量に製造できる革新的技術でした。


高品質で安価な製品を多くの人に届けるという思想は20世紀の産業革命の目標でもあり、イスを含めるすべての物作りにおいての夜明けを感じさせるプロダクトでした。


今となってはクラシックに感じるこのデザインは、当時はバリバリの未来を感じさせる、まさにモダニズムデザインの先駆け的なイスなのです。


HaScasaでは新越谷展示場「Leche Mykonos」のダイニングで使用しています。

ウッドの座面に後付けのクッションでカスタマイズしてあります。

 
 
 
 

A-Chair:グザビエ・ポシャール(仏) 1934年



フランスのTolix社創設者、グザビエ・ポシャールによりデザインされました。


フランス海軍で正式採用されたため、「マリーンチェア」ともよばれています。


溶融亜鉛メッキ鋼板に塗装をかけた少し光沢のある質感がクールで、屋外での仕様にも耐えうるためオープンカフェなどでもよく見かけます。


見かけに寄らずスタッキング(重ねる)が出来るのも優秀ですが機能に偏らず繊細さも兼ね備えたデザインにフランスのエスプリが漂います。


HaScasaでは浦和展示場「Leche Metis」のダイニングチェアで採用しています。

 
 
 
 

ネイビーチェア:デザイナー不明(米) 1944年



こちらはアメリカ海軍が民間企業と共同で開発したイスです。

潜水艦で使用するために作られたそうです。


アルマイト処理(酸化皮膜)されたアルミニウム製で、非常に軽く
丈夫で水にも強いことから、一般発売されるとオープンカフェなどに
採用されるようになりました。


軍用ではあるものの、かわいらしいデザインで、座面にはヒップスタンプ(おしりの形に加工)も施されており、座り心地も良好です。


HaScasaでは浦和展示場「Leche Metis」の3階バルコニーで採用されています。


 
 
 

フープバックチェア;アーコール社(英)194X年〜



ナチュラル系インテリアのカフェなどで見かけるこのイスはイギリス・アーコール社のフープバックチェアです。


英ウィンザー地方の家具の様式(ウィンザー様式)をモチーフに「曲げ木」技術を応用して、第2次世界大戦後の人口増加の物入りな時期のイギリスを支えたプロダクトの一つです。


背もたれのスポークの数や脚のデザインなどにヴァージョン違いがあり、写真の6本スポークのものは現在は生産されていません。


アーコール社のイスとしては他にも「スタッキング(積み重ね)チェア」などがあり、彼の地の小学校などで広く使われていたそうです。
 
 
20世紀末には生産されなくなっていたのですが、インテリア・雑貨好きでも知られるファッションデザイナー、マーガレット・ハウエルがアーコール社に掛け合って復刻させたことで脚光を浴びました。


写真のイスは浅井の私物、というか静岡の実家のイスでございます。


 
 
 
 
ということで、カフェで見かけダイニングチェアとしても使えるイスについてお話でした。
 

最後のフープバックチェア以外は弊社でもご提供が可能です。
 

HaScasaでは家具も含めたインテリアのトータルコーディネートもご提案しておりますので、家具についてお悩みの方は是非お知らせくださいね!
 
 
 

 

2016年10月28日

経年変化と「白い壁」

みなさん、こんにちは。
 
 
村上作品の中では「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を好む、HaScasaの設計担当、浅井です。

 
「唄は話すんじゃない。唄うんだ」
 
「やれやれ」

 
またも受賞を逃しましたが、ボブ・ディランならしょーがないかと思います。

How does it feel?

Like a rolling stone?


 
ということで、10月も下旬となり、だいぶ涼しくなって参りましたが!
 
遅ればせながら私の夏休みのご報告です。

 
LastSummer、私はかねてより行ってみたかった青森県に行って参りましたyo!



奥入瀬渓谷の渓流に心洗われてみたりとか、

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世界遺産となった上野・国立西洋美術館の実施設計担当である、コルビュジェの弟子、前川國男氏の建築がたくさん残っている弘前を訪れて見たりとか、
 

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全体が美術館となっている…
 

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十和田市にある西沢立衛氏の十和田現代美術館を見たりとか、
 
 
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しましたが! 一番見たかったのは今年で開館より10年となった青森県立美術館です。
 

設計はポラスグループとも縁の深い建築家、青木淳先生です。
 

青森県立美術館は、隣接する三内丸山遺跡の発掘溝(トレンチ)からインスパイアされたという「土壁」の地下構造の上に、真っ白の箱が「不時着(実際少し浮いてる!)」したような構成になっています。


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↑の写真は地上部分のエントランス付近ものです。

 
写真の左の方を見ていただくとわかるのですが、10年を経て経年変化により一部の白塗装がはがれ煉瓦の下地が露出しています。

これを見て、「残念な感じ」と表す方もいると思います。

が!否!

青木先生はこれを「狙っていた」のではないかと思います。


青森県立美術館のこの外壁はPC板(工場で製作するコンクリート板)にあらかじめ煉瓦タイルを打ち込こみ、現場で組み立ててから、さらに白く塗装して仕上げるという手の込んだ工程の上に成り立っています。


白い建物を作るというのであれば、PC板に打ち込むのは白タイルでもよかったですし塗装してしまうのであれば、煉瓦を打ち込まなくてもPC板を直接吹付け塗装してしまえば良かったはずです。


なぜ、このような複雑な工程を踏んだのかといえば、「時間を経て青森の過酷な気候により、少しペンキが剥がれて下地の煉瓦が見えてしまった外壁」を、創るのが目的であったのではないでしょうか?青木先生にお目通りがかなうことがあれば、直接伺って見たいと思います。


このように、時間の経過により変化する様を「経年変化」といいます。


煉瓦を積み上げた壁を白く塗装する手法は、近代建築の巨匠、アルヴァ・アアルトも「コエ・タロ(夏の家)」などで用いています。



HaScasaの浦和展示場「LecheMetis」でもエントランス周辺の外壁で「白煉瓦の壁」を見ることが出来ます。
LecheMetisが今後どのように経年変化していくかお楽しみに!
 

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煉瓦の壁についてもう一つ。

石や煉瓦を積み上げて建物を作る「組積造」の文化をベースとする西洋において本来、壁の表面は漆喰や大理石などで仕上げられ、煉瓦は建物を作る構造であり、下地材料として隠されるべきものでした。


モダニズム前夜である19世紀ごろのゴシックリバイヴァル様式あたりから、「煉瓦のままでも良くない?」という合理的な考え方が生まれ、煉瓦をそのまま表面に露出させたりするデザインが見られるようになりました。


今でこそ、「煉瓦仕上げの壁」というと何となく懐かしいイメージですが当時はミニマルでアヴァンギャルドな手法であったといえるのです。

「コンクリート打放し」みたいなイメージですね。


 
お話が少しそれましたが、再び青森のお話です。
 

青森県立美術館のマスコット?奈良美智さんの「あおもり犬」。
 
 

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地下のトレンチで恨めしそうに空のゴハン皿を睨みつけています。
 
 
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下から見ると少し微笑んでいるようにも見えます。
 
おや、あおもり犬の横の壁には石灰を主成分とした壁材特有の経年変化である

「白華現象」が発生しています!


「白華現象」については、また改めてお話しいたしますね〜!



2016年12月20日

「書を捨てよ、町へ出よう」

こんにちは、設計の浅井です。 

 

先日、お引き渡しを迎えたお客様の新築パーティーにお招きいただき、設計者冥利に尽きる楽しい時間を過ごしました。 

 

会の中でお客様より、ハスカーサのWebサイトにある浦和展示場「LecheMatis」の紹介ページ

 

 

“テレビじゃなくて暖炉を眺めよう

  スマホじゃなくて本を読もう

  SNSじゃなくて家族と繋がろう”

 

 

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というフレーズについて質問?をいただきました。

 

曰く、寺山修司の著作「書を捨てよ、町へ出よう」という書籍のタイトルの影響を受けたものではないか、とのこと。

 

…せ、正解です!

 

展示場の企画・設計段階においては、様々なイメージを参考にし組み上げています。
イメージの出典元は、建築物から絵画・文章・映画など多岐にわたります。

そんな元ネタの一つをお客様にご指摘いただける(元ネタ探しを楽しんでいただく)ことは、ありそうで無いので、とてもうれしかったのでございます。

 

 

浦和という埼玉県随一の文教地区において、学びと家族のコミュニケーションをテーマにした「LecheMetis」の紹介フレーズには、ご指摘の通り、前述の寺山修司の書籍タイトルをイメージソースの一つにいただいています。

 

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ここで簡単に寺山修司(故人)のご紹介。

 

青森県出身の歌人・劇作家とされています。

1960年代より活躍した人物で、執筆活動をしたり、アングラ劇団を立ち上げたり、現代日本のサブカルチャーの先駆者と位置づけられています。

60年代当時は学生運動が盛んであり、当時の若者たちの文化に大きな足跡を残しました。

1983年に47歳で病死しています。


「書を捨てよ、町へ出よう」は1967年に出版された書籍で、その後、同名の演劇や映画も制作されています。

 

スマホ全盛で本はおろか雑誌すら読まなくなった現在においては、誤解されそうなフレーズですが、要約しますと、当時の若者たちに

「頭でっかちになるな、町に出て自分の目で体験しよう!」

といったメッセージが込められていたんだと思います。

 

 

そんなフレーズを参考にしながら現代風にアレンジしたのが

「テレビじゃなくて・・・」

なわけです。

 


テレビやスマホで簡単に手に入れた情報じゃなくて、時間をかけて本を読んだり、四六時中SNSにかじりついて既読・返信を繰り返すより、目の前にいる家族や友人とお話ししようよ!

ということをお伝えしています。

 

さながら、レニー・クラビッツが「Rock'n'Roll Dead」をリリースしたあとに、元プリンスがシングル"Gold"のB面で"Rock'n'Roll Is Alive(And it Lives In Minneapolis)”とアンサーソングを繰り出した感じでしょうか?

 

 

ともあれ、そんな浦和展示場「LecheMetis」にぜひ足をお運びください。

 

*ハスカーサ浦和展示場はこちら*

*ハスカーサ展示場一覧はこちら*

 


年末は26日まで営業しております。

  

 


 

 

 

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2017年02月26日

竹富島 ~アルミサッシと冷蔵庫~

みなさん、こんにちは。
 
HaScasaの設計担当、浅井です。

今回は私の大好きな南の島のお話。
 

~竹富島~
沖縄県の八重山諸島、その中核をなす石垣島の沖合にその島は浮かんでいます。
集落の家々は人の背丈ほどの石垣で囲まれ、漆喰で固められた赤瓦の伝統的工法の民家が多く残されています。
 
 
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生け垣代わりに植えられたブーゲンビリアが咲く、とても美しい沖縄の伝統的な集落が保存されている島です。
 
 
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民家の屋根の上には漆喰や瓦で創られた個性的なシーサーがのせられています。
 
 
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近年、島の外れに大手リゾートホテルが進出してきましたが、そもそも、石垣島から連絡船で10分程度で渡ることの出来るアクセスの良さから、観光客の多くは石垣島からの日帰り客が多いため、集落の中には大きな施設はなく、宿泊するには民宿を利用することになります。
 
昼間の観光客に比べ、島に残って宿泊していく観光客は少なく、飲食店はおろか、コンビニさえない、夜の島は静かで穏やかな時間が流れます。
 
宿泊者は、たまたま居合わせた他の宿泊客と自然発生的に発生した飲み会 ~「ゆんたく」と呼ばれたりします~ や、宿の女将 ~親しみを込めて「おばぁ」と呼んだり~ とおしゃべりしたりして、まったりと夜を過ごします。
 
 
そんな、「ゆんたく」で「おばぁ」に聞いたお話。
 
 
曰く、「最近は集落内でもどこに誰が住んでいるのかわからなくなってきてしまった」と。
  
昔は、台風が近づくと集落で一番大きく新しい家に親戚とか他人とか関係なく集まって、一晩中台風が通り過ぎるのをみんなでやり過ごしたり(台風の通り道である八重山地方は、出来たての勢力の強い台風が頻繁にやって来る)
また、どこかのウチで山羊を解体すれば、みんなに振る舞ってちょっとした集まりが催されたとのこと。
 
そうして集落というコミュニティは自然と強い結束を深めていったのでしょう。
 
 
伝統的集落を保存しつつも、窓はアルミサッシ化され、台風でも耐えられる現代的な住宅になり、快適で安全になった代わりに、みんなで集まって台風をやり過ごしたりするような機会は失われ
冷蔵庫が各家庭に行き渡り、生肉の保存が普通に出来るようになると、解体した家畜をすぐに消費する必要がなくなり、近所にヤギ汁を振る舞うこともなくなってしまった。
 
 
安全・快適・利便性を獲得することにより、当たり前にあったコミュニティの絆は薄れてしまったという少し悲しいお話でした。
 
 
 
住宅を設計するものとして、快適・健康・安全は当たり前のものとして、さらに、家族の絆、地域の絆をいかに確保するか?はこれからもっと重要になるのかもしれません。
 
 

家族の絆がテーマのHaScasa展示場は
 
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地域の絆がテーマのHaScasa展示場は
 
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です。
 
是非おいで下さいね!

  

 

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2017年04月24日

UNDER CONSTRUCTION~工事中の街~

みなさん、こんにちは。
 
HaScasaの設計担当、浅井です。


所用があり、渋谷駅の東口方面を訪れました。


東口方面に降り立つのは久しぶりでしたが、相変わらずの工事中。公共施設が絡む現場は、使用しながら現場を進めるという難易度の高い作業です。ゼネコンさんの苦労がうかがわれます。
 
で!工事もいよいよ佳境にさしかかっているようで、246の掛かる歩道橋あたりは新・旧・仮設歩道橋が入り乱れ、ちょっとした空中巨大迷路になってます(笑)
 
 
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かつての渋谷東口の象徴的な光景だった東急東横線の連続ヴォールト屋根は完全に消滅。

東急東横店東館も無くなり、東京で最も古い地下鉄でありながら、最も高い位置で渋谷駅に入線してくる営団地下鉄銀座線の黄色い車体がレトロフューチャーな雰囲気を醸し出しています。

これで雨が降っていたら、映画「ブレード・ランナー」のワンシーンのようです。
 

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翻って駅の反対側を見てみれば、これまたかつての東口の象徴であった東急文化会館は巨大商業コンプレックスに建て換わり、すっかり東口の新たな顔となっています。
 

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ここに限らず都内各所の再開発により、その街の古い顔は刷新され、より高密度に集積化された商業主義的巨大建築物に更新されています。


皆さんご存じのように渋谷といえば、90年代には界隈の並ぶセレクトショップ発信の「渋谷系」といわれるストリート発の文化の中心地となりました。
 
巨大資本やメディアではなく、より大衆に近い一部の洗練化されたショップやCDショップにより発信されるファッションや音楽が大きなムーブメントとなるという現象は、文化の熟成の度合いを表す時代の転換点ともいえる出来事でした。


時は流れ…、

ストリート文化の発信地であった渋谷の、本来その対極に位置していたはずの商業主義的巨大建築物に、ストリート文化の立役者であるセレクトショップが居並ぶ現代の状況は、かつての姿を知る世代としては少しもの悲しく感じます。


これは、渋谷に限ったことではなく、たとえば秋葉原でも同様に、かつての怪しい電子部品を売っていた小さなショップは激減し、大手資本の量販店が幅をきかせています。


20世紀に生まれたマーケティングすなわち「市場のニーズを探り、真に顧客の求める云々…」という商売の仕方=「売れるものを売って勝ち組になりたい!」は、誰もが「売れるものしか売らない」という閉塞を生み出しました。


個性的であったはずの渋谷や秋葉原などの街も徐々に「同じような街」へ変換されていき、日本中何処に行っても「同じものが売っている同じような街」という均質化をもたらしています。


デザイナーとして設計者として出来ることがあるはずですし、しなければいけないという漠然とした使命感に駆られる思いでございました。


おまけ・・・

渋谷の裏通りで見かけた「ちょー尖っている雑居ビル」。

20世紀中盤のアーリーモダニズムを彷彿とさせる、荒々しい鉄筋コンクリート打ち放しの壁面。
 
素敵な「詠み人知らず」建築!でした。
 
 
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2017年07月30日

ノルウェイの森

こんにちは、設計の浅井です。 
 
 
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写真はフィンランドの建築家:アルヴァ・アアルトが1932年に発表したスツール「スツール60」です。
 
無駄のないミニマルデザインのこのイスは、フィンランド産の「バーチ材」で造られています。最近は良いバーチ材が減ってしまい材料の調達に苦労しているようです。
 
今でこそ北欧モダンデザイン家具には欠かせない「バーチ材」ですが、かつてヨーロッパではあまり上等ではない安価な木材として認識されていました。
 
17世紀頃イギリスで大流行した「ウォルナット」や「チーク」「マホガニー」などは世界三大銘木と言われ、木目も美しく丈夫で家具や建築材料の中では高級品とされて重宝されていました。片や、フィンランドを含む北欧産の「バーチ材」や「パイン材」は安価で庶民的な家具・建築用材料とされていたのです。

ここで思い出すのがビートルズの「Norwegian Wood 」という曲。
 
 
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インド楽器シタールを使った何とも不思議な旋律の妙な浮遊感のある曲ですが、1965年の発表当時この曲は日本では「ノルウェーの森」と訳され紹介されました。
が、後年この邦訳は「誤訳では?」といわれるようになりました。

曰く、Norwegian Wood を訳すのであれば、「ノルウェー産の木材」か「ノルウェー産材を使った製品=家具」が正しいとのこと。
当の歌詞をかいつまんで説明しますと、
 
・   ・   ・   ・   ・   ・   ・
出会ったばかりの女性に部屋に来ないかと誘われて、ウキウキ訪ねたところ、部屋に上がるなり女性が言ったのは
素敵でしょう?「Norwegian Wood 」
その後、主人公は女性に邪険に扱われ、翌朝、部屋をあとにする。
・   ・   ・   ・   ・   ・   ・ 
 
と言うちょっと謎な物語ですが、肝心の「Norwegian Wood 」については文字通り部屋の中に森があるわけもなく、これは「ノルウェー産材の何か」を言っているのでは?というわけです。
 
「Norwegian Wood 」には音だけ聞くと違う意味に聞こえる他の言葉である説や、意味なんて無い説などあるのですが、仮に「ノルウェー産材の何か」が正しいとすると、「Norwegian Wood 」は主人公の落胆を表す言葉になっているわけです。
 
つまり、当時のイギリスでは「ノルウェー産材の何か」は見せられても、うれしくない安物のインテリア?だったと言うことです。

20世紀半ばまでは北欧各国は決して裕福といえる状況ではありませんでした。しかし、現在においては福祉先進国であり、かつGDPも世界トップクラスになっています。資源開発が進み輸出国になったことも大きいですが、何より恵まれない環境下でも工夫と英知で文化を洗練させた結果なのだと思います。
 
 
前述の通りかつては安物と揶揄されていた家具も、今となってはデザイン家具=北欧』言えるような地位を築きました。
 

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写真はデンマークの建築家:アルネ・ヤコブセンが1952年に発表した「アントチェア」です。
 
大戦中に発達した合板の成形技術を応用し、世界で初めて「背」と「座」が一体化したシェル構造を持つイスで、後の20世紀のプロダクトデザインの金字塔である「セブンチェア」に繋がるイスです。
 
このイスが生まれたのも、戦後物資が不足する中、軽くて丈夫なイスを安価に量産するためであり、工夫と英知の賜物と言えるでしょう。
(同じシェル構造であるFRP製の「シェルチェア;チャールズ&レイ・イームズ」は1953年発表)
 
 
ところで、前述の「スツール60」と「アントチェア」に共通する特徴に気付かれましたでしょうか?
 
 
そうです。どちらも3本脚です。
 
 
オフィスチェアでは5本脚6本脚もあるのに、なぜ3本脚なのか?不安定ではないのか?
  
 
否!
 
 
3本脚は「ある環境下」では非常に安定するのです。
「ある環境下」とは床が平坦ではない場合です。

数学的に説明いたしますと…
空間上において任意の平面は3つの点A,B,Cによって特定されます。
その空間上に4つ目の点Dを追加しようとする時に、A,B,Cによって指示された平面上に点Dが存在しない場合、点A,B,Cのうち、2つを結ぶ直線を共有する2つの平面が発生し……まぁ、簡単に言うと平坦でない床に4本脚のものを置くと「がたつく」と言うことです。

3本脚には安価で丈夫なだけでなく、どんな床でも安定すると言う合理性が込められていたのです。

   

 

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2017年08月11日

別視点 京都巡り

こんにちは。設計の浅井です。
 
 
今回は京都のご案内です。

 
と言っても、日本の誇るスーパー観光地な訳ですから、多くの方が行ったことがあるでしょうし、今更、私が紹介しなくても皆さんご存じでしょう。
  
 
清水寺・龍安寺・鹿苑寺(金閣)・慈照寺(銀閣)三十三間堂・伏見稲荷・嵐山などなどメジャーなスポットは大体訪れちゃって、他になんかないかな?とお考えに皆さんに、ガイドブックに載ってはいるものの居並ぶスーパーエースの陰に隠れ見落とされがちですが、一見の価値のあるスポットをご紹介します。
 
 
題して
 
 「私的!別視点京都巡り」
 
でございます。


 
 
河井寛次郎記念館
 
京都市東山区五条坂鐘鋳町569
 

陶芸家・河井寛次郎の記念館として一般公開されています。
 

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河井寛次郎は大正から昭和にかけて京都を拠点に活躍し、柳宗悦らの民藝運動の一翼を担った陶芸作家です。
 
陶芸のほか、 彫刻、デザイン、書、詩、詞、随筆などの分野でも優れた作品を残しているのですが、人からの評価を良しとしなかったため文化勲章・人間国宝のオファーも辞退し無位無冠を貫いた陶工です。
 
知人が半ば強引に寛次郎の作品を出品した1957年のミラノ・トリエンナーレでは、いきなり、国際工芸展グランプリを受賞してしまうぐらいのすごい人です。

で、その寛次郎が自ら設計を手がけた宅兼仕事場がこの河井寛次郎記念館です。
かつての工房には、彼の作品も展示されています。

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中でも圧巻は「登り窯」と呼ばれる巨大な窯。

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階段状に造られた巨大な窯です。

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窯の前には中庭もあります。
寛次郎が仲間や弟子たちとここで創作活動を行っていた頃が忍ばれます。

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町中ではありますが洛内の割と隅っこに位置することと、古都の中では比較的新しい建物なのであまり目立っていないですが、表通りから一歩入ると広がる落ち着いた制作スペースの雰囲気のギャップは寺社仏閣とはまた違った魅力があります。洛内の東の方に行かれた際には是非、脚をのばして寄っていただきたいスポットです。
 
 
 

大河内山荘庭園
 
京都市右京区嵯峨小倉山田淵山町8
 

皆さんご存じ嵐山の竹林…

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この竹林を抜けた一番奥にあるのが「大河内山荘庭園」です。

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この庭園は昭和初期の俳優大河内傳次郎が別荘として造営した回遊式庭園です。
1931年に造られたものですから、こちらも大先輩居並ぶ京都の中では新しいスポットです。
しかしこの庭園、大先輩方に負けない大変魅力的なお庭です。

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巧みに計算された園内の遠路を歩いていると、市街を一望できる視点場があるかと思えば…

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急に視線が閉ざされ園路を囲む草花や飛び石の設えに視線が移り…

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また、遠景を望む視点場が現れたり…

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周囲からは隔絶されてた小さな「溜まり」が現れたりするのです。

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と、このように様々なシーンが織り込まれた園路を散策していると2万平米メートルという広さ以上の広がりを感じさせます。

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時代劇で一時代を築いた俳優が財産と30年の歳月をつぎ込んで造った別荘は世界遺産級のスポットにも負けない庭園となりました。
嵐山にいったら竹林で引き返さずに是非、寄ってみてください。


 
今回、紹介した2カ所は歴史の街京都にありながらも、組織でなく「個人の思い」が結実した空間です。個性的でありかつ古都の雰囲気にもマッチした、いわば「奇跡の空間」でもあります。

 
「個人の思いの結実」といえば、私たちが提供する住宅も住まい手の思いがあってこそです。
 
 
皆さんの思いを是非おしえてくださいね!

 

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(2017/10/20までの期間限定です)

 


 

 

 

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2017年10月23日

武相荘

こんにちは、設計の浅井です。 
 
以前より行ってみたかった町田市にある武相荘に行ってきました。
武相荘は旧白洲次郎邸であり、現在は一般公開されています。
 

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白洲次郎とは、主に戦後の混乱期に吉田茂の側近としてGHQとの折衝に従事し、占領下の日本で米側の要人をして「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめた人物です。
 
その後は東北電力の会長を務めるなど財界人としても活躍しました。
 
長らくは彼の手腕についてことさらに評価されることはなかったようですが、没後の90年代に雑誌・TVなど各種メディアに取り上げられ注目されるようになりました。

そんな彼が第二次世界大戦開戦後まもなく、
「(当時は)戦争に負けたことのない日本は引き際がわからず、東京が焼け野原になるまで戦ってしまうだろう」
「そして、食料の調達が困難になるだろう」
との予想(見事に的中)のもと、当時はまだ農村であった町田の農家と農地を丸ごと買い取って移り住んだのが、この「武相荘」です。
 
武相荘とは「武蔵」「相模」の間であったこの土地に「無愛想」を引っかけて付けた名前だそうです。
 

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戦争終結後もこの地が気に入った白洲は生涯ここを住処とし、都内に用事のあるときはここから車で通ったようで、車好きでもあった彼は、ブガッティ・ベントレー・ランチア・ランドローバー・ポルシェなどなど、世界の名車を乗り継いだそうです。
 

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と言うわけで郊外で自給するための住居ではありますが、「日本一の伊達男」とも言われた白洲の終の棲家です。ただの農家ではありません。
茅葺き屋根の母屋の横の増築部にはバーラウンジがあったり、
 
  
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洋間のリビングがあったりします。
(現在はレストラン・カフェとして営業されています)
  
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和と洋がうまくブレンドされた設えや、農家の無骨な設えが意識的に残され、むしろ粋な意匠として演出されていたりと、細かいところも見所満載です。
  
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現在は宅地化が進む環境ですが、武相荘の一角には緑が多く残り、園内には散策路や農地も残されています。

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私がお邪魔した日は生憎のお天気でしたが、それはそれでかえって雰囲気のある落ち着いた風情となっていました。

何とも大人のテーマパークといった感じのスポットです!
町田方面にお出かけのご用のある方は寄ってみてくださいね。

最後に、Blog掲載を快諾してくださった武相荘さんに感謝いたします。
ありがとうございました!




 
 
 
 

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2018年02月04日

バルセロナ・パビリオン

設計担当の浅井でございます。

突然ですが、我らがポラスグループの本社、南越谷駅近くにあるポラス本社ビルをご紹介します。
 
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入り口を入りますと…、
 
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トラバーチンという石灰質沈殿石の壁仕上げのエントランスホールには…、
 
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バルセロナチェアと呼ばれる美しいX状の脚を持つイスが置いてあります。
 
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ポラス本社ビルですが、その中身は総務や人事などグループの中枢的機能を担っており、住宅をご検討のお客様にはあまり接点のない施設であります。
 
住宅をご検討の際にはポラス本社より徒歩2分ぐらいの距離にあります、HaScasa新越谷展示場「LecheMykonos」へお越しくださいね!
 
 
トラバーチンとバルセロナチェア…。
ということで、何をお話ししたいのかと申しますと、中途採用で入社した私が初めてこのエントランスホールを訪ねた際に「ある施設」を連想しました。その「施設」とは…、

こちらです!
 
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写真は「バルセロナ・パビリオン」です。
1929年にスペイン・バルセロナで開催された万国博覧会に出展するドイツ館として建設されました。
 
現在も当時と同じ場所に建っており、一般に公開されていますが、実は万博終了時に一度解体されたものを、1986年に復元したものです。

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薄い水平屋根のラインが強調された大変美しい建築です。
 
設計者は近代建築三大巨匠の一人の、ミース・ファン・デル・ローエ(独1886-1969)。
 
ちなみに三大巨匠の残りの二人は、上野にある国立西洋美術館の“ル・コルビュジェ(仏)”と、旧帝国ホテル(現在は愛知県の明治村に一部を移築)の“フランク・ロイド・ライト(米)”です。
 

この「バルセルナ・パビリオン」は、パリ郊外ポワシーにある「サヴォア邸(1931年;ル・コルビュジェ)」以前このblogで多田が紹介していましたと、米ペンシルバニア州にある「落水荘(1935年;F.L.ライト)」とならんで、「モダニズム世界三大聖地」とされています。(諸説あります)
 
ミース43歳の時の作品ですから比較的初期の作品と言うことになります。

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トラバーチン仕上げの階段を上ると、

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同じくトラバーチン仕上げの床の中庭には水盤が称えられています。

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振り返ると緑色テニアン大理石の壁の前にエントランスのガラスドアがあります。
この大理石の壁は竣工当時は左官仕上げだったのですが、ミースは大理石にしたかったようで、復元の際にその意思は叶えられました。

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パビリオンとの名前はついていますが、実際には展示館ではなく万博開催時にスペイン国王夫妻を招いたセレモニー(調印式)を行うための施設だったため、内部に複雑な機能はありません。これがこの建築空間が研ぎ澄まされたように美しい要因の一つです。

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象徴的な赤い壁は全面オニキス(!)で作られています。
調達の最も難しかった材料だそうです。

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冒頭でも紹介したバルセロナチェアは、ミースがこのパビリオンのためにデザインしたものです。が、実際には完成が間に合わずセレモニーには使われなかったそうです。
 
この角度で見るとX状の脚が大変美しくみえます。
奥にある背もたれのないオットマンタイプのイスも同時にデザインされました。これらイスは今でも購入することが可能です。

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施設の一番奥には、テニアン大理石に囲まれた水盤と彫刻家コルベによる裸婦像が置かれています。

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「やだ、日焼けしちゃう!」

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薄く美しい水平屋根は十字型断面の8本の柱で支えられています。
柱には鏡面加工が施されており、存在感が出ないような処理が施されています。

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壁や床など建物の大部分には、前述のトラバーチンが使われています。

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トラバーチンは鍾乳石のような石材なので、写真のようにところどころに「孔」が開いています。これが美しい縞模様を構成する要素にもなっています。

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薄い板状の屋根を同じく薄い板状の壁で受け止めるような構成は、「ディ・スティール」という芸術運動の影響が考えられます。

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裏面にはちょっとした庭園も設えられています。
美しい建築は裏側も美しいのです。

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施設内には売店も併設されており、パビリオンやミースに関する資料が扱われています。

特筆すべきはこのシャープで斬新なデザインの建築が今から約90年前の1929年に竣工している点です。
 
日本において現存する同じ年に竣工した建築物はというと、日比谷公会堂や駐日イギリス大使館です。20世紀の初頭とはいえ世界的にもまだまだ古典主義的意匠の建築が主流の時代でした。
その時代においてこのような先進的な建築物の登場は新しい時代の幕開けを指し示すものでした。
 
「Less is more.」(より少ないことは、より豊かなこと)とは、ミースの残した言葉ですが、近代から現代に至る建築物の基本コンセプトの一つになっています。
19世紀までの工芸的な建築物から20世紀の工業化された建築物において、無駄を省いた合理的なデザインの未来を指し示しました。
 
現在の鉄とガラスで作られた建築物の多くはミースの影響を受けていると言っても過言ではありません。
しかし、あまりにもストイックで美し過ぎる合理的デザインは、逆にそのまま量産するには不向きであったとも言われています。
もしミースがいなければ、世界の建物は経済性と性能だけが優先された、もっと無骨なものになっていたかもしれません。
 
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ところで、バルセロナと言えば、有名な「あの」建築物がありますが、それはまた別の機会にご紹介いたしますね!
 
 
 
 
 

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2018年08月11日

バルセロナ建築紀行【その2】

設計の浅井でございます。
 
前回予告いたしましたバルセルナ建築紀行の続編です。

前回のBlogでは「モダン建築世界3大聖地」の一つとして、20世紀三巨匠の一人であるドイツ人建築家、ミース・ファン・デル・ローエのバルセロナパビリオンを紹介しました。

建築学上は重要な建築であり、我々建築設計を仕事としている者はバルセロナに行ったら必ず見る建物ではありますが、一般的観光スポットではありませんし、「バルセルナ」っぽくはない建築物でもあります。
 
ということで、今回はより「バルセロナっぽい」あの建築家を中心にご紹介いたします。

ご存じ「アントニ・ガウディ」でございます。

ガウディは19世紀後半から20世紀初頭にかけてバルセロナを中心に活躍した建築家です。前述の三大巨匠といわれる、ミース(独)、コルビュジェ(仏)、ライト(米)の少し前に活躍しました。
 
時代背景としては、産業革命のもと中世~近世から近代への移り変わりの時期であり、建築をはじめとする文化芸術的には、それまでのある法則で分類される特徴的で類型的な「様式主義(ゴシック・バロック・ルネサンスなど)」から、より自由で現代的な表現形式「モダニズム」へ移行する変化の時代でした。

その激変の時代をガウディ作品を中心に年代順でご紹介していきましょう。
 
 
■カサ・ビセンス(1888年;アントニ・ガウディ)

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ガウディの建築デビュー作は現在もバルセロナの裏通りに残っています。
 
写真を見ていただくと「?」という感じかもしれません。
ガウディというと有機的でグネグネとしたデザインを思い浮かべられる方も多いと思いますが、初期の彼の作品はこのように幾何学的なデザインが多用されていました。
 
これにはバルセルナを中心としたスペイン・カタロニア地方の歴史も関係しています。
スペインはヨーロッパの南端イベリア半島に位置し、古くはローマ帝国の支配を受けましたが8世紀頃、地中海を越え勢力を伸ばしてきたイスラム勢力に支配されたり、キリスト教勢力が奪い返したり(レコンキスタ)と紆余曲折してきました。
 
結果、スペインではイスラム教圏とキリスト教圏が融合した独特な文化を形成されました。
幾何学形態を多用したデザイン手法はイスラム文化に多く見られ、スペインではイスラム文化を取り入れた建築スタイルを「ムハデル様式」と呼びます。

ガウディも若い頃はこのムハデル様式の影響を大きく受けていたのです。
 
 
 
パラウ・グエル(1888年;アントニ・ガウディ)

若いガウディの才能を早くから見いだし、育て、理解し、生涯パトロンであり理解者であり続けた人物がいます。
バルセロナの富豪エウセビ・グエルです。 

1878年のパリ万博での手袋商のために作られたガラスの展示ケースに一目惚れをし、そのデザイナーがガウディという若い建築家であることを突き止めたグエル氏はバルセルナ市街地での自身の邸宅の設計をガウディに依頼しました。

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通りに面する外観は抑え気味の色合いで、カサ・ビセンスに続き幾何学形態を用いていますが、象徴的なのは、後のガウディの作品中に繰り返し登場する「パラボラ・アーチ」を使ったゲートです。
 
パラボラ・アーチについて詳しくは後述いたしますが、ガウディはグエル邸設計案を作る際、このアーチのないオーソドックスなデザイン案と「パラボラ・アーチ」案の二つを提出したそうです。
受けたグエル氏は
「きっとガウディはパラボラ案を作りたいんだろうな~、普通のでって言ったらやる気なくすんだろうな~」
と忖度(笑)し、パラボラ案を採用したそうです。
 
結果、自分の提案が通ったガウディは嬉々として設計に打ち込み、内部空間そして屋上庭園を作り込みました。それらには後のガウディ建築を方向づける様々な要素が生まれました。

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2階には上階まで続く吹き抜けを持つサロンがあります。
サロン上部にはキューポラ(丸天井)が設えられ、星空のような天窓が設えられました。
サロン内にはパイプオルガン(奏者はグエル氏の娘)が配置され、バルセロナの有力者かアメリカ大統領まで各界名士を集め音楽や演劇を上演したそうです。
 
 
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屋上はもはやガウディワールド満開です。
林立する排気筒は後のガウディ建築に見られる有機的なデザインが見られ、砕かれたタイルによる表面仕上げも見られます。

ガウディ建築の基本はグエル氏という理解者を得たことにより育まれました。
 
 
 
カサ・バトリョ(1906年:アントニ・ガウディ)

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(注):ピンク色に光る部分は季節限定のライトアップです。
 
現在のバルセロナの目抜き通り、グラシア通りに建つ、繊維業の実業家、ジョセップ・バトリョ・カサノバのための邸宅です。
バトリョ氏は古屋付きのこの土地を購入し、更地にして新築するつもりでガウディに依頼したのですが、ガウディは古屋の構造を残し改築することを進言しました。

実はガウディ建築は途中でガウディがやる気を失ってしまったり、工事中に計画が止まってしまったり、あるいは完成する前にガウディが死んでしまったりという作品が多いのですが、このバトリョ邸は改築ではあるものの、ガウディの思想が完遂された作品なのではないかと思います。

このバトリョ邸では自然界の様々な生き物・現象が合理的に取り込まれ建築を構成しています。
 
少年時代のガウディは病弱で、男の子の好きな激しい運動を伴う遊びについて行けず、一人で遊ぶことが多かったそうです。孤独な少年の遊び相手は大自然であり、植物であり、昆虫であり、動物たちだったそうです。ガウディ少年は動植物を丹念に観察し得意のスケッチで緻密に記録解析し、カメや魚など飼っていた小動物が死ぬと遺骸を煮出して骨格を取り出し標本として保存したそうです。
 
緻密な観察はやがて、植物や動物を成す構造システムへの興味にいたり、生き物が進化の過程で手に入れた合理性を体感したそうです。

少年期に興味を抱いた生き物の身体の合理性は、建築家となり建築作品の設計に反映されました。

このバトリョ邸では有機的な意匠が多く採用され、それらはガウディなりの合理性を表現したものでした。
 
接合部を太く強化した柱は自然と脊椎動物の骨格に近づき、水捌けを考慮した屋根瓦は必然的に魚類やハ虫類のウロコのような形状となりました。
 
後のガウディの評価を決定づける有機的な意匠要素はこの作品で大成されますが、有機的意匠は決して「装飾」ではなく、ガウディなりの「合理性」であったと言えます。
 
建築における合理性は前述のガウディに続く三巨匠の世代つまり「モダニズム」の主幹を成すテーマと言えますが、広義にはガウディ建築もまた「モダン」であったといえるのです。
 

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ヨーロッパの市街地に建つ建築は、間口が狭く奥に長い建物が多く、(これは京都の町家などにも言えるのですが)光の届きにくい中央部が暗くなるのを防ぐため、中庭や吹き抜けを設けることが多いです。
 
バトリョ邸にも建物の中央部には地上から最上階まで続く吹き抜けがあります。
この吹き抜けは、後にガウディ・ブルーと呼ばれる意識的にグラデーションがつけられ上階に行くほど濃いブルーのタイルで仕上げられています。

これは、天窓に近い上階では眩しすぎるカタロニアの太陽光線を穏やかに押さえ、光の届きにくい下階では壁色を明るくすることにより吹き抜け内部の光の分布の隔たりをなくす効果を狙っているそうです。
同じ理由で吹抜けに面する各階の窓は、上階は小さく下階は大きくなっています。

また、この建築では窓の形からドアの取っ手まですべてガウディの意思が反映されてデザインされています。
冒頭でも言及しましたが、ガウディ建築の中でも完成度の高い作品であると思います。
 
 

カタルーニャ音楽堂(1908年;L・ドメネク・i・ムンタネー)

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こちらはガウディの作品ではなくライバルのムンタネーの作品です。
晩年の名声と比較すると若い頃のガウディは順風満帆とは言えませんでした。
グエル氏の支援を受けてもなお、建築家としてはライバル、ムンタネーの後塵を拝していました。このカタルーニャ音楽堂も初期プレゼンではガウディ案に決まるはずが、ふたを開けてみれば何故か、ムンタネー案が採用されたと言う逸話があるそうです。

と言うわけで、当時はガウディを抑え、活躍していたムンタネーですが、彼もカタロニアの歴史を語る上では欠かせない建築家と言えるでしょう。

ムンタネーのこの頃のスタイルは「モデルニスモ」と呼ばれるスタイルです。
モデルニスモとは植物などの有機的なデザインをモチーフとしたデザイン様式で、前述のモダニズム前夜にあたる近世から近代への移行期に花開いた様式です。

同様なスタイルをフランスでは「アール・ヌーヴォー」、ドイツでは「ユーゲント・シュティール」とよび、それぞれの地域で展開されました。

このカタルーニャ音楽堂も「モデルニスモ」を代表する建築物として世界遺産入りしてます。
外観デザインを観察しますと、植物やら馬やら騎士やら女神やらがうねうねと壁面を飾っています。
エントランスアーチや窓周りには唐草模様やお花など丁寧に配置され情報量が追加され、まさに「モデルニスモ」といった建築です。
 
 
ガウディ建築をこの「モデルニスモ建築」の一つとする考え方があるのですが、私はガウディ建築はあくまで「ガウディ建築」であると思います。
両者の違いは有機的デザインが「装飾」なのか「機能」なのかと言うところで大きく異なります。

このカタルーニャ音楽堂も、有機的意匠は「装飾」的側面が強いのですが、ガウディ建築の有機的意匠はガウディなりの「合理性=機能」があってこそのデザインだと思うのです。
 
 
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ちなみにこの音楽堂は今でも現役で機能しています。
私も、試しにチケットを取って地元のアーティスト「チャンバオ」さんのライブに潜入してみました。
ググってもスペイン語サイトしかヒットしないので、よくわからないのですが、たぶんスペインのドリカム的な?アーティストさんでした。(観客もみんな唄ってたし)


ということで、紹介しなくてはいけないあの建築やこの建築がまだ紹介できておりませんが、だいぶ長くなってしまったので次回に持ち越します!


次回、バルセロナ建築紀行その3をお楽しみに!


出展
ガウディの伝言 (著:外尾悦郎 光文社新書)
バルセロナのガウディ建築案内(著:丹下利明 平凡社)

 


 

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2019年01月31日

バルセロナ建築紀行【その3】

設計の浅井でございます。

前回に続きバルセロナの巨匠、「アントニ・ガウディ」の作品を年代順にご紹介していま す。

今回紹介するのは、パトロンであるグエル氏とガウディの一大共同プロジェクト、「パルク・グエル」です。

「パルク」とはスペイン語で「公園」ですから「グエル公園」ということになります。

しかし、これはただの公園ではありませんでした。
当時バルセロナ市街地からは遠く離れた北の郊外であるこの施設は、新興住宅地として計画された「住宅公園」なのです。

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公園に訪れた者たちを一番初めに迎えるのはこの守衛所(?)です。
おとぎの国のような特徴的な建物たちはまさに「ガウディ節」満開です。

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写真は、この守衛所の窓台まわりの拡大写真です。

このように建築当時、自由な局面を持つ建築の仕上げとしてガウディはタイルを採用することを現場で指示したところ、「曲りくねった局面にどうやってタイルを貼るつもりなのか?」 と詰め寄られました。

ガウディはその場で四角いタイルを叩き割って曲面に押し当て「こうすれば貼れるのではないか?」と言って職人たちをうならせたそうです。

この施設ではいたるところでこの「砕かれたタイル」が壁面を覆っています。

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守衛所を抜けると広場に続く中央階段が現れます。
その階段に棲みつくのが公園のマスコットも言えるこの「ドラゴン」です。

なんとも愛嬌のある顔付きで来客をもてなす彼(彼女?)は遠くバルセロナ市街を眺めながら口から水を噴き出しています。

彼の体を覆うウロコも碎かれたタイルで表現されています。

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階段を登ると現れるのはこの地下迷宮のような列柱群です。

上部に広場を湛えるこの列柱群はこの施設が住宅公園として完成した暁には「朝市」や「集会広場」として機能する予定でした。

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「市場」を迂回するように配置された階段を上ると、この施設のメインとも言える空中庭園が見えてきます。

そもそも「グエル公園」はバルセロナ郊外北部に位置する丘の中腹にあります。

ここまで階段を上がってくると、眼下にバルセロナ市街が広がる眺望が開けてきます。

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階段を上がると広がるのが先ほどの地下迷宮のような「市場」の上部に広がる「空中庭園」になります。

私が訪れた時はちょうど改修工事を行っていて、庭園の半分は下部の「市場」の列柱群の構造が露出した状態になっていました。

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「空中庭園」の周辺部はこのように波型のベンチになっています。

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こちらの写真には「ガウディ・コード」の一つと言われる「逆さ13」が映り込んでいます。

「ガウディ・コード」とはガウディ建築に散見される謎の文字列や意匠のことで、宗教的意味があるとか、何かしらの予言であるとか言われたりして都市伝説的に紹介されたりしています。

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「空中庭園」を起点とし、そこからは丘の斜面を縫うように「園路」が張り巡らされています。

住宅公園として完成した際には各住戸をつなぐ園路となる予定でした。

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「園路」の下部の一部はこのように石積の柱で支えられています。

よく見ると、柱の表面には螺旋模様が施されています。

ガウディは螺旋は構造を強化する効果があると考えていました。

これは計算や物理法則の研究というよりは、少年期からの自然すなわち花や樹木の枝、根、昆虫の外骨格、動物の骨などの徹底的観察から体感し、模型による実体実験により検証を繰り返して確信へと昇華した知識でした。

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写真は敷地内に立つガウディの自邸です。

ガウディは晩年、サグラダファミリアの設計のため篭りっきりになるまでは、この家で家族と暮らしたと言われています。

ところでこの「グエル住宅公園」は結局、このガウディ邸と出資者であるグエル氏の2軒しか買い手がつかず、予定では60件の分譲住宅地としての計画は大失敗しました。

バルセロナが大きく成長した現在においても町の北のハズレにあるこの公園は建設当時はあまりにも市街地中心部からは遠く不便であったためとされています。

しかし、お陰で現在ではガウディの世界を堪能することのできる「公園」となりました。バルセロナを代表する画家ダリやミロもこの公園を愛していたと言われています。





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2019年03月07日

バルセロナ建築紀行【その4】

こんにちは。設計の浅井です。

 

ついに4回目を数えることになりました、私のバルセロナ建築紀行でございます。

もう少し、簡潔にご紹介したかったのですが、流石は今やパリに次ぐ人気観光都市となっバルセロナです。

見どころてんこ盛りで、どれも端折りがたく絞り込めません!!
今少しお付き合いください。

と言うわけで、前回に引き続き巨匠アントニ・ガウディの作品を年代順にご紹介しております。

4回目を数え、今回登場する作品はガウディ作品の中でも最晩年期にあたる作品です。



 
カサ・ミラ(1912年竣工)
 

 

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▲グラシア通りよりカサ・ミラを見る

バルセロナっ子たちからは「ラ・ペデレラ(L"Pedrer")」と呼ばれています。「ラ・ペドレラ」とは「石切場」という意味です。

これは、石材を使った見た目が、山の採石場のように見えるからと言われています。
バルセロナの現在の中心市街地とも言えるグラシア通りに面する集合住宅です。

オーナーであるミラ家の住戸と商業施設・賃貸集合住宅からなる建築物で、建築史上初めて「地下駐車場」を併設した建物としても知られています。

「カサ(CASA)」とはラテン語で「家」を表しますから「カサ・ミラ」とは「ミラ邸」と言う意味になりますね。

前述のようにガウディの最晩年を代表する建築であり建築学的にも重要な建築でありますが、実は創造主・ガウディに見放された悲しい建築でもあります。

 

もともとクリスチャンではありましたが、晩年のガウディは強くキリスト教に傾倒していました。
宗教への思いは設計思想にも反映され、教会などの宗教施設でなくても宗教色の強いものを提案しています。

個人所有の邸宅であるカサ・ミラにもガウディはキリスト教的デザインを施主に提案しました。

ガウディの提案では、カサ・ミラには上部に聖マリア像を設置し、建築本体は住宅と言うよりはマリア像を設置するための「台座」として計画されていました。

施主であるミラ夫妻も一時はこの計画に合意しプロジェクトは進んでいきました。
聖マリア像の台座として相応しい素材としてガウディは黄金色に輝く石材で外壁を覆うことにしました。

国内外を問わず各地の採石場に赴き、やっと満足のいく黄金色の石材を発見したのですが、石材を切り出して建設中の外壁に設置すると、みるみる変色し無彩色なグレーに変色してしまいました。

バルセロナの気候が合わなかったのか、そもそもそういう性質の石材だったのか原因はわかりませんが、ガウディはひどく落胆したそうです。
傷心のガウディにさらに追い打ちをかける出来事が起こります。

ちょうどそのころ、バルセロナを含むスペインカタロニア地方は「アナキズム(無政府主義)」の嵐に見舞われます。
20世紀初頭のスペインのアナキズム主義者たちはしばしば宗教施設をターゲットとし、教会に押し入ったりしては破壊、略奪などをしたそうです。

既存の教会はもちろん建設中であったサグラダ・ファミリア教会も標的とされたりしました。
日に日に過激になるアナキズム主義者の行いにミラ夫妻は恐れを成し、屋上にマリア像を、というガウディの提案は不採用となりました。

このことはプロジェクトの進行中であったガウディのやる気を大きく削ぐ結果となりました。
その他にも色々問題があったようでガウディは建設中のカサ・ミラプロジェクトからは手を引き、弟子に丸投げしてしまいます。

今の目で見ると、外観や屋上庭園の作り込み、地下駐車場や構造計画等の力の入れようと比べると、内装の計画は幾分スッキリとしています。

これは洗練というよりは、ガウディの熱意が内装デザインにまで持続しなかった性であると見ることも出来るのです。
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▲建物の中央部には日差しをまんべんなく取り込むための大きな吹き抜け付き中庭(パティオ)が2カ所設置されている。外観に比べると比較的あっさりしている。
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▲屋上には起伏のある公園が計画されている。 190122-4.jpg

▲ガウディ建築によく見られる彫刻のような排気筒。
植物のようにも、騎士の鎧にも見える。

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▲複雑に隆起する屋上庭園の直下には複数のアーチに支えられた屋根裏部屋が計画されている。

 

かつては、倉庫や使用人の部屋として使われることの多かった空間は現在はガウディ建築に関する資料館が常設されている。

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▲今も現役のオフィス兼住戸として使われていますが、一部の住戸は当時の住戸を再現した見学コースになっています。
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▲当時の水回り
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▲当時の使用人室
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▲パティオには2階の旧オーナー住戸に通ずる大階段が設えられています。
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▲現在の2階の旧オーナー住戸は企画展示を行うギャラリーとして公開されています。
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▲通り沿い2階にはカフェ「ラ・ペドレラ」が営業中です。


 

コロニア・グエル地下聖堂

 

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▲コロニア・グエル地下聖堂外観

 


バルセロナから電車で約30分程度の郊外に小さな工業都市「コロニア・グエル」があります。

これはガウディのパトロンであったらグエル家による計画的工業都市で、繊維工場とその労働者のための住宅や公園を一体的に計画した集落です。

グエル氏はその労働者のための教会堂の設計をガウディに依頼しました。

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▲バルセロナ郊外の「コロニア・グエル駅」へはカタルーニャ鉄道で約30分ほどです。郊外の駅なので乗降客もまばら、駅前に賑わいはありません。

 

ごらんのように「教会堂」と言う割には不格好で地を這うような建築です。

それもそのはず、この建築は地下聖堂部分のみで工事がストップしてしまった建築なのです。

グエル家より教会堂の依頼を受けたガウディはその設計に10年もの時間をかけてしまいます。

後のサグラダ・ファミリア教会の設計にフィードバックされる実験を繰り返したためとされていますが、おかげで、着工後程なくして施主であるグエル氏が死去し、その後継者であったグエル家の担当者も死亡してしまったため、地下聖堂部分が完成した段階で工事は中止されてしまいます。

10年の歳月をかけたわけですから完成していれば、サグラダ・ファミリアのコンパクト版として同教会と並ぶ名建築となったであろう作品ですが、あまりにも設計期間に時間を割きすぎてしまったのでしょう。

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▲未完とは言え地下聖堂としては機能するところまでは作られています。

 

天井の支える構造体は本来は上部に建設される予定であった教会堂本体を支えるため、ダイナミックに作られています。
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▲日時計としても機能するというステンドグラス入りの「バラ窓」が美しく空間を演出しています。
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▲打って変わって屋上には途中で工事が止まった鐘楼と教会堂の入り口となるはずであった石造りにアーチが佇んでいます。

 

コロニア・グエル教会堂の設計期間に培われた技術・工法・実験はサグラダ・ファミリア教会にフィードバックされたので、決して無駄ではありませんでしたがコロニア・グエル教会堂の完成形も見てみたかったですねぇ。

さて、私のバルセロナ建築紀行も次回で最終回の予定です。
最後はモチロン「サグラダ・ファミリア教会」のお話です!

出展:
外尾悦郎 ガウディの伝言        光文社新書 2006
丹下利明 バルセロナのガウディ建築案内 平凡社   2014



ハスカーサの展示場や施工実例も
ぜひご覧ください。

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2019年07月28日

バルセロナ建築紀行【その5】part1

こんにちは

ポラスの注文住宅HaScasa

設計の浅井です。

今回で5回目となるバルセロナ建築紀行も、ついにフィナーレです。

長くなりそうなので、パート1とパート2に分けてご紹介いたします!

最後はもちろん建築家アントニ・ガウディによる

「サグラダ・ファミリア教会」です。

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▲東面全景隣接する公園から眺めると「逆サグラダ・ファミリア」を拝めます。

バルセロナをスペイン一番の観光地に仕上げるどころか、スペイン自体をヨーロッパ第2の観光国に押し上げた「立役者」です。

1882年の着工以来130年以上作り続けているわけですが、最近、ガウディ没後100年にあたる2026年が完成予定となりました。

それでも、工事期間は144年となり一般的には「未完の建築の代表格」的な言われ方をされますが、実は欧州の「大聖堂」クラスの建築物の工事期間と比べてそれほど長いわけではありません。

たとえば、
パリのノートルダム大聖堂の工事期間は182年。(1163~1345年)

フィレンツェ大聖堂(ドゥオーモ)は140年。(1296年~1436年)

ミラノ大聖堂(ドゥオーモ)は427年。(1386年~1813年)


なので、サグラダ・ファミリアが取り立てて長いわけではなさそうです。

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▲宿泊したホテル屋上から撮影した夜景。
写真下部の街区のスケール感と比べるとその威容が際立つ。

144年という時間が長いかどうか別として、実はサグラダ・ファミリアは1980年代ぐらいまでは「完成までに300年かかる」といわれていました。

それが、この30年の間に半分以下に短縮されたわけです。

その理由の一つが1992年のバルセロナオリンピックです。

オリンピックの開催によるバルセロナの知名度上昇にともないサグラダ・ファミリアも一躍人気の観光スポットになりました。

結果、資金が集まるようになり、最新の技術や人員が投入できるようになり工期が予定より早まりました。

最新技術の投入により一つの大きな決断もなされました。

構造・工法の変更です。

当初は伝統的な組積造で作られていたのですが、主要構造を鉄筋コンクリート造へ変更しました。

これには賛否両論ありました。

オリジナルの設計者の意思を尊重すべきであるとか、既存部との整合性はとれるのかとか、鉄筋コンクリートの寿命では「大聖堂」という用途に合わないのではないかとか。

ともあれ、協会の建築には鉄筋コンクリートが採用され未完の建築は急ピッチで完成に近づきました。

 

次回は内部の構造をご紹介いたします!


浅井と建築で語り合いながら、注文住宅の設計相談をしたい方!

 

私が設計を担当した新越谷展示場でお待ちしております。

 

是非是非、来場予約をして設計相談で私を呼んでいただけると嬉しい限りでございます。

 

それでは次回のpart2でお会いしましょう。

 

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▲新越谷展示場の模型を持っているのがわたくしです。

 

出展
 
アントニオ・ガウディ (著:鳥居 徳敏 鹿島出版会)
ガウディの伝言 (著:外尾悦郎 光文社新書)
バルセロナのガウディ建築案内(著:丹下利明 平凡社)

 

▼浅井の「バルセロナ建築紀行」シリーズはこちらより▼

  1. ~バルセロナ・パビリオン~
  2. ~バルセロナ建築紀行【その2】~
  3. ~バルセロナ建築紀行【その3】~
  4. ~バルセロナ建築紀行【その4】~
 

 

 



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2019年08月16日

バルセロナ建築紀行【その5】part2

こんにちは

ポラスの注文住宅HaScasa

設計の浅井です。


「サグラダ・ファミリア教会」のpart2をご紹介いたします。

 今回は内部のご紹介です。

 

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▲聖堂内に併設された設計室。
導入された最新技術の中には3Dプリンタといったデジタル技術も多い


屋根がかかり聖堂の内部空間が部屋として「一応」完結したことにより、ローマ教皇が訪れ、教会堂(バシリカ)として機能するようになりました。

長い間、この教会の「顔」として認識されていた4本の棟からなる東側の「生誕のファサード」はその後完成した西側の「受難のファサード」の対になるものであることがわかるようになりました。

内部聖堂空間には東側には朝の光を表す青色系のステンドグラスで彩られ、西側は夕日の光を表すオレンジ色系のステンドグラスで彩られています。

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▲東面を彩る朝日色を表すブルーのステンドグラス

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▲西面を彩る夕日色のステンドグラス。
夕日色のほうが素敵ですね。

大きな空間として成立した聖堂はヨーロッパの聖堂しては破格の明るさを持つ光あふれる空間になりました。

聖堂の屋根を支える構造体はガウディの愛した自然界のあらゆる生き物(枝や幹・骨や筋肉)を手本とした合理的な構造になっています。


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▲聖堂内全景
教会堂としてはとても明るい内部空間


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▲構造
聖堂を支える構造体は樹木のようにも、動物の骨格のようにも見える。

ガウディは晩年から、交通事故で無くなる日までの人生をこの聖堂のために費やしましたが、生前、自分の寿命あるうちに建築の完成はおろか設計自体も終わらないであろうことを悟り、
後継者たちに、自らの死後の設計の指針となるようなキーイメージを作成し託しました。

図面より現物、計算よりも実験を好んだガウディはスケッチ以外にたくさんの模型を作り弟子たちに託しました。


ガウディの死後、弟子たちは師の残したキーを反芻するように設計と建設に取り組みました。

内戦時には、建設中の教会だけでなく設計室も暴挙の標的になり、ガウディの残したスケッチや模型の多くが破壊されることもありました。

資金が足りなくなり工事が思うように勧められなくなることとも、あったようです。

それでも弟子たちはあきらめず、壊されたところは補修し、失われた情報は自分たちで補完して作業を継続しました。

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▲ガウディが残した模型は破壊されその多くは失われた。 写真の模型のところどころについている色の濃い部分のみがオリジナルであり、白い部分は失われてしまった部分。
日本人彫刻家外尾悦郎さんもその一人でガウディの弟子たちに求められ今では主任彫刻家として教会の建設の主要メンバーの一人になっています。

月並みではありますが、その外尾さんが復現・補完を担当した「生誕のファサード」が最も美しい側面だなぁと私も思います。

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▲生誕のファサード。
ガウディ存命中ほぼ仕上げられていた部分ですが、その後の内戦時の多くが破壊されました。
その損傷部分の修復と未完成部分の作成において活躍されたのが
日本人彫刻家 外尾悦郎さんです。

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▲受難のファサード
生誕のファサードと対になる受難のファサード。
ガウディの死後、彫刻家スビラックスを中心に計画されました。
一説にはガウディのスケッチを全く無視して作られたともいわれる、直線的な造形が印象的です。

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▲通りより
サグラダファミリアより北に延びる「ガウディ通り」からの眺め
外尾さんの著書に言及されている氏のお気に入りと思われる構図。

だいぶ、かいつまんで説明しちゃいましたが、サグラダファミリアについてはたくさんのエピソードがありますので書ききれません!


もしもお話の続きにご興味のある方は是非HaScasaの展示場にいらしてください!
私とたっぷりお話しましょう!

 

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浅井と建築で語り合いながら、注文住宅の設計相談をしたい方!

 

私が設計を担当した新越谷展示場でお待ちしております。

 

是非是非、来場予約をして設計相談で私を呼んでいただけると嬉しい限りでございます。

 

次回は展示場でお会いしましょう!

 

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▲新越谷展示場の模型を持っているのがわたくしです。

 

出展
 
アントニオ・ガウディ (著:鳥居 徳敏 鹿島出版会)
ガウディの伝言 (著:外尾悦郎 光文社新書)
バルセロナのガウディ建築案内(著:丹下利明 平凡社)

 

▼浅井の「バルセロナ建築紀行」シリーズはこちらより▼

  1. ~バルセロナ・パビリオン~
  2. ~バルセロナ建築紀行【その2】~
  3. ~バルセロナ建築紀行【その3】~
  4. ~バルセロナ建築紀行【その4】~
  5. ~バルセロナ建築紀行【その5 part1】~

 

 

 

 

 



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2019年10月05日

デザイナー 浅井の旅ブログ①~伊根の舟屋群~

こんにちは!

ポラスの注文住宅 HaScasa

設計担当の浅井でございます。

 

少し前ではありますが、かねてから行ってみたかった場所を訪れてきました。

風情のある日本の集落として、しばしば紹介されることのある京都府与謝郡伊根町の
伊根の舟屋群」です。

舟屋とは海沿いに建つ住居兼「船の格納庫」で、海に張り出して建築され船が格納庫から直接海へ出ることが可能となっている独特な構造をした伝統的建造物です。

これらが小さな漁師町である伊根湾のぐるっと囲むように建築されています・・って、百聞は一見にしかづ⇒早速画像を見てみましょう。

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高台から見る伊根地区の集落。
入り江の海岸線に沿うように集落が形成されています。

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舟屋群遠景

海岸線にはミッシリと舟屋が居並んでいます。

日本海に面する伊根湾は、深い入り江となっており潮の満ち引きの差があまりありません。
なので、このように海に面して建物を建築することが可能になっています。
太平洋側の潮の満ち引きの多い地域では実現できないですね。

 

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山と海に挟まれた集落は海岸線に沿って細長く伸び、集落を縦断する通りに面し海側に舟屋建築・山側に母屋が建っています。

 

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入り江になっているので、舟屋からは海越しに反対側の舟屋群を眺めることができます。
他にはないのにどこか懐かしい不思議な光景です。

 

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舟屋のうちのいくつかは、改築され住居化されたり、道路側から使うガレージ化されているものもありますが現役で使われているものも多く残っています。

 

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こちらは舟屋を改装したカフェ「靑竈(チンザオ)」さん。
台湾茶のいただきながら対岸の舟屋群を眺めることのできるお店です。

伊根の集落は私の故郷の伊豆の風景にも似ておりますが、「舟屋」はここにしかないものですので一見の価値ありです。



景勝地「天の橋立」のさらに先なので、関東から出かけるのであれば、京都市内などレンタカーを借りるのがよいと思います。

ということで、伝統文化と奇跡の自然環境から生まれた美しく珍しい集落の「伊根の舟屋群」でした!


浅井と建築について語り合いながら、注文住宅の設計相談をしたい方!

 

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▲新越谷展示場の模型を持っているのがわたくしです。

 

 

 



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